働き始めて3年が経ったころ、ふと通帳を眺めていて、じわりと不安になったことがあります。
そこそこ働いているつもりだった。大きな買い物もしていない。それなのに、思っていたほど貯金が増えていない。お給料はちゃんと振り込まれているはずなのに、気づけばどこかへ消えていく。
「このままいったら、将来どうなるんだろう」
その漠然とした不安こそが、私の家計管理の出発点でした。
増やす話の前に、見る話がある
投資、節税、副業——世の中にはお金を「増やす」ための情報が溢れています。私自身も、当時そういう記事ばかり読んでいました。
でも、今になって思うのです。増やす話の前に、"見る"話がある、と。
自分の財布の中身すら正確に把握できていない人間が、投資で資産を増やそうとするのは、どこか歪な話です。穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるようなもので、どれだけ一生懸命注いでも、どこかから漏れ続ける。
ならば、まずやるべきことは水を注ぐことではなく、バケツを観察すること。穴がどこにあるのか、水はどのくらいのペースで漏れているのか。それを知るのが、家計管理という営みの本質だと思っています。
「見えていない」の怖さ
当時の私は、自分の支出を把握していませんでした。
家賃はいくら、通信費はいくら、食費はだいたいこれくらい——どれも"なんとなく"は答えられる。でも、それらを合計してみたことは一度もなかった。レシートは貯めていない。クレジットカードの明細は、請求額だけ見て中身は追わない。
つまり、自分のお金の流れが、自分に見えていなかったのです。
これは、ちょっと怖いことです。車の運転に例えるなら、スピードメーターも燃料計も見ずにアクセルを踏んでいるようなもの。たまたま今は走れていても、いつ事故を起こしてもおかしくない。将来への不安の正体は、実はこの"見えなさ"だったのだと、あとから気づきました。
毎月、月末に家計簿を開く
家計管理を始めると決めた日から、私がやっていることは、驚くほどシンプルです。
月に一度、月末に、家計簿を開く。
クレジットカードの明細と銀行の入出金を見て、その月の収入と支出をざっくり入力する。費目もそこまで細かく分けない。"食費・固定費・変動費・特別費"くらいの大雑把な区分。レシートも毎日はつけない。
これだけです。時間にして、月30分くらい。
よく「家計簿は毎日つけないと意味がない」という話を聞きますが、私はそうは思いません。毎日つけられないルールは、続かないルールです。続かなければ、そもそも家計は"見えて"こない。
月に一度、30分だけ、自分のお金と向き合う。それを5年続けてきました。それだけで、景色はずいぶん変わります。
見えると、考えられる
家計が見えるようになって、一番変わったのは何かというと、「考えられるようになった」ことです。
「今月はちょっと使いすぎたな」「固定費が地味に効いてるな」「この支出は、満足度の割に高いな」——そういう感覚が、数字と一緒に実感として残る。そして次の月、少しずつ選択が変わっていく。
家計管理は、お金を節約するためのものではありません。自分の暮らしを、自分で設計するための道具です。見えていないものは、設計できない。だからまず、見る。